元広島東洋カープの捕手としてプレーしていた多田大輔さん。
高校時代には189cmの恵まれた体格と強肩を武器に注目され、ドラフト7位でプロ入りした経歴を持っています。
多田大輔さんは何者なのか、経歴や学歴、妻や子供など家族構成、元広島カープ時代について詳しく見ていきます。
多田大輔は何者?
多田大輔さんは、徳島県出身の元プロ野球選手です。
徳島県立鳴門渦潮高校で捕手として活躍し、2014年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから7位指名を受けました。
高校卒業後すぐにプロ野球の世界へ入り、2015年から2017年まで広島に在籍しています。
まずはプロフィールを整理します。
| 名前 | 多田大輔(ただ だいすけ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1996年5月25日 |
| 年齢 | 30歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 徳島県 |
| 身長 | 189cm |
| 体重 | 92kg(プロ入り当時) |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| 出身高校 | 徳島県立鳴門渦潮高校 |
| ドラフト | 2014年7位 |
| 所属 | 広島東洋カープ(2015年~2017年) |
| 背番号 | 64 |
特に目を引くのが、189cmという捕手としても大きな体格です。
高校時代からその体格と強肩を評価され、将来性のある大型捕手としてプロのスカウトから注目されていました。
多田大輔の学歴は?
多田大輔さんは徳島県内で学生時代を過ごし、高校卒業後は大学へ進学せずプロ野球の世界に入っています。
確認されている学歴は、
- 徳島市立応神中学校
- 徳島県立鳴門渦潮高校
です。
出身中学校については、野球選手のプロフィールにも徳島市立応神中学校と掲載されています。
その後に進学した鳴門渦潮高校で、プロ入りにつながる活躍を見せることになります。
鳴門渦潮高校で大型捕手として注目
多田大輔さんが進学したのは、徳島県立鳴門渦潮高校です。
高校時代には身長189cm、体重91kgほどの恵まれた体格を持ち、遠投100mを誇る強肩捕手として注目されていました。
捕手として特に評価されていたのが送球能力です。
高校3年春の徳島県大会決勝では、一塁へのけん制や盗塁阻止などで相手走者を次々とアウトにするプレーを披露しています。
大きな体だけではなく、捕手として試合の流れを変えられる守備力を持っていたことが、プロから注目された理由の一つだったのでしょう。
大学には進学していない
多田大輔さんは大学には進学していません。
2014年のドラフト会議で高校生のまま広島東洋カープから指名され、翌2015年からプロ野球選手として活動しています。
そのため、最終学歴は鳴門渦潮高校となります。
多田大輔の元広島カープ時代
多田大輔さんの名前が広く知られるきっかけとなったのが、広島東洋カープへの入団でした。
2014年10月に行われたプロ野球ドラフト会議で、広島から7位指名を受けています。
この年の広島のドラフトには、
- 1位・野間峻祥さん
- 2位・薮田和樹さん
- 3位・塹江敦哉さん
- 4位・藤井皓哉さん
- 7位・多田大輔さん
などがいました。
高校生捕手だった多田さんは、将来を見据えた選手としてプロ生活をスタートさせています。
ドラフト7位で広島へ入団
多田大輔さんは2014年ドラフト7位で広島から指名され、契約金2500万円、年俸450万円で入団したとされています。
背番号は「64」でした。
当時はまだ18歳。
鳴門渦潮高校から直接プロ入りしたことを考えても、高校時代の身体能力や将来性が評価されていたことが分かります。
一軍公式戦への出場はなかった
一方で、プロ入り後は厳しい競争が待っていました。
広島には捕手として石原慶幸さんや會澤翼さんらがおり、若手にも多くのライバルがいました。
多田さんは主に二軍で経験を積みましたが、3年間の在籍中に一軍公式戦へ出場することはありませんでした。
2016年のウエスタン・リーグでは13試合に出場し、12打数3安打、打率.250を記録。
2017年は5試合で5打数1安打、打率.200という成績でした。
高校時代に期待された大型捕手でしたが、プロの厚い選手層を突破することはできませんでした。
2017年に戦力外となった
多田大輔さんは2017年、広島から戦力外通告を受けました。
プロ入りからわずか3年、当時21歳という若さでした。
その後は12球団合同トライアウトにも参加し、NPBで再びプレーする道を模索しています。
しかし、他球団との契約には至らず、プロ野球から離れることになりました。
多田大輔の広島カープ退団後の経歴
広島を退団した後も、多田大輔さんはすぐに野球そのものをやめたわけではありません。
プロ野球から社会人野球へ舞台を移し、再びプレーを続けています。
社会人野球でもプレー
広島退団後は、バンディッツベースボールクラブでプレーしました。
その後は伯和ビクトリーズにも所属しています。
伯和ビクトリーズ時代には「多田大輔」ではなく、「住吉大輔」という名前で選手登録されていました。
実際に2019年の社会人野球では、住吉大輔選手として試合に出場した記録が残っています。
広島退団後も捕手として野球を続け、プロ復帰とは違う形で競技と向き合っていたことが分かります。
野球の指導にも携わっていた
選手としてだけでなく、野球を教える側に回った時期もありました。
2023年から2024年ごろには、野球スクールでスポットコーチとして紹介されています。
プロフィールでは、広島カープ、バンディッツベースボールクラブ、伯和ビクトリーズという経歴が掲載され、社会人野球時代にはスポーツトレーナー業務にも携わっていたとされています。
プロ野球で一軍出場こそありませんでしたが、高校からプロ、社会人野球まで経験したキャリアを子供たちへの指導にも生かしていたようです。
多田大輔の妻は誰?
多田大輔さんは、2018年7月18日に結婚したことを自身のSNSで報告しています。
当時22歳で、広島を戦力外となった翌年のことでした。
妻となった女性について、多田さんはカープ在籍時から交際していた女性だったことを明かしています。
さらに、戦力外通告を受けたときにも一番近くで支えてくれた存在だったと紹介していました。
プロ野球選手という立場を失い、今後の進路を考えなければならない時期にもそばにいた女性だったようです。
妻の名前や職業は?
妻の名前や年齢、職業など詳しいプロフィールは公表されていません。
2018年の結婚報告では交際していた女性との結婚を明かしていますが、妻自身について詳しく紹介する内容ではありませんでした。
また、2026年現在の婚姻状況について新たに公表された情報も確認されていません。
「住吉大輔」の名前で活動していた時期も
多田大輔さんについて調べると、「住吉大輔」という名前が出てくることがあります。
これは同姓同名の別人ではなく、多田さん本人です。
実際、2019年に伯和ビクトリーズでプレーしていた際には「住吉大輔」の名前で選手登録されていました。
当時の野球関係の記事でも「多田(現姓:住吉)大輔」と紹介されています。
多田姓から住吉姓へ変わった詳しい事情については公表されていません。
その後は再び「多田大輔」の名前で活動している姿が確認されています。
多田大輔に子供はいる?
多田大輔さんに子供がいるのかについて、人数や年齢、性別などを示す公表情報は確認されていません。
2018年には結婚したことを報告していますが、その後に子供が誕生したという本人からの公表も確認できませんでした。
そのため、現在分かっている家族構成として確認できるのは、少なくとも2018年に結婚を報告していたというところまでです。
妻についても一般の女性とみられ、詳しい情報は公表されていません。
多田大輔の現在は?
多田大輔さんはプロ野球退団後、社会人野球や野球指導などさまざまな活動を経験してきました。
2026年9月の報道では会社員とされ、土木関係の仕事をしていたと伝えられています。
そして同年9月、他人名義のクレジットカードを使用した疑いで逮捕されたことが報じられ、再び名前が注目されることになりました。
まとめ
今回は、多田大輔さんは何者なのか、経歴や学歴、妻や子供など家族構成、元広島カープ時代についてまとめました。
- 1996年5月25日生まれの徳島県出身
- 徳島市立応神中学校から鳴門渦潮高校へ進学
- 189cmの大型捕手として高校時代から注目された
- 2014年ドラフト7位で広島東洋カープから指名
- 2015年から2017年まで広島に在籍
- 一軍公式戦への出場はなかった
- 2017年に戦力外となり合同トライアウトにも参加
- 退団後は社会人野球でもプレー
- 伯和ビクトリーズ時代には「住吉大輔」の名前で登録
- 2018年7月18日に結婚を報告
- 妻はカープ在籍時から交際し、戦力外後も支えていた女性
- 子供については公表された情報が確認されていない
高校卒業と同時にプロ入りし、21歳で戦力外、その後も社会人野球や指導者として野球に関わってきた多田大輔さん。
プロ野球で過ごした期間は3年間でしたが、その後も形を変えながら長く野球と関わってきた人物でした。

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